1820年代からイギリスでは蘭ブームが始まった。1840年代に蘭マニア人口が増加し、蘭の本の出版も多くなった。1843年にジェームス・ベートマン氏は「南米の蘭」を出版し、1846年にフーカー氏が天才画家ウォルター・フィチ氏に依頼し、「ボタニカル・マガジン」からの100枚の蘭を再び描き直し、「100年間の蘭」を出版。1867年には再び、ベートマン氏がフィチに依頼し「100年間の蘭:第二編」を出版した。

当時、個人名を蘭につけ次々に新種を発見していきました。バーカーリア、ミルトニア、スタンホピア、ブラウトニア、ネオウィリアムシア、バスカヴィラ、トレヴォーリア、プレスコッティア等、イギリス人の名前がラテン語となって残っています。

フーカー卿の蘭 フォリオ・サイズ

ジョン・リンデン(1817年〜1898年)は、ルクセンブルグに生まれ、若い頃からベルギーに移住。10年間で全世界を旅しながら、山の頂上まで登り、珍しい蘭を次々と発見しました。1845年にブリュッセルに戻り、息子ルシアンと一緒に「オーティクルテュール・インターナショナル」を作り、蘭の輸入業を始め、イギリスのサンダー社との競合となった。彼の業績により、ヨーロッパ中で蘭の人気が一番であった国が、イギリスから19世紀の終りごろにはベルギーへと移った。1、100種もの蘭をもたらし、多くの蘭には彼の名前が付けられた。

蘭の専門家である、リンデンは1850年代に本の出版者にもなった。「ペスカトリア」(1860年)48枚の蘭の銅版画、や「リンデニア」(1855〜1894年)13冊、813枚の蘭のクロモリトグラフは今でもコレクターの間で大変人気の高い本です。

リンデンの「蘭」 フォリオ・サイズ

リンデンの「蘭」 オクタヴォ・サイズ

フーカー卿の「エキゾティック・フローラ」

リンデンの「イルーストラシオン・オーティコール」

 

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